1のほうからすると懐疑論という何か斜に構えたような感じより歪曲に対してきちんと正面から切り込んだ話になっていることに最初と惑わされるが、その切り込みと共に歪曲の構造的な類似性などに綺麗に説明が行っていることにはなかなか読ませるものがある。
 創造論とホロコースト否定者にある、一断面だけからの反論、トートロジーと言ったものに対して、パノラミックなストーリーによる反論というのは、ファスト化した今では逆に敬遠されるかもしれない。それがポストモダンなのかもしれないが・・・しかし事実はこうして明らかにされてゆくのだと言う物語は死んでいないのだとも思う。
 順化された議論である「科学とオカルト」「疑似科学入門」などからすると、ちょっと具体例に入りすぎているのが良い面であり、懐疑論の本質を霞ませるモノでもあったと思った。

コメント

kaj
2010年2月26日8:36

ん~っと、
理由は単純なんじゃないでしょうか?

「銭儲けになる(まぁ、多少は「お金に替えられない栄誉」だと言い張るものも居るようですが...それも換金できますからねぇ、実際問題)」

穿った言い方をすれば、
「何か」を信じてないと(真実や現実は、どうでも良いのでしょう)実在性が揺らいでしまう??
この考え方(信仰・科学的思考?)自体が既に、根拠が無いのですから(笑)

何でも同じ一言で片付けるのは気持ちが良いものではないのですが^_^;

「ヒトだから」

で、正解にしておいていただけないでしょうか♪

淵瀬春秋
2010年2月26日8:51

kajさん、コメントありがとうございます。
「著名人」は置いといて(実際儲けてるよって話も載ってましたが)、烏合する人々に信じたいと思う心があることや進歩に対する望み見たいのがある、というのも書いてありました。
 結局、人は何につけ節制より欲望なのでしょう。

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