ケネディ上院議員の葬儀は土曜日でオバマも出席の予定、81の銀行が潰れたことに関して公的にはネガティブな印象との事、経済状況に関して報告があるが製造消費は縮小の方向、ハリケーン・ダニーがやってくる、ノースカロライナの知事が辞任、シンガーソングライダー・エリー・グラニット死亡心臓病、などnpr
銀行に新しい税を課すること、アフガンでのテロ、スコットランドで見つかった最も古い音楽について(チェンバロとアイリッシュハープの中間くらいの音ですごく心地よいのだけど・・・CD探すかな)、などBBC
社説1 09衆院選 政策を問う 教育の中身をめぐる論議が置き去りだ(8/28)
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/index20090827AS1K2700627082009.html
「公立小中学校は保護者や住民でつくる「学校理事会」が運営すると明記。さらに教育委員会制度を改め、教育行政を監視する「教育監査委員会」を設けるとした。」
そんなに現場を知らない人によるやり方を信じ、何より現場の先生を信じない、と言うことが許されるのなら、教育などいらないだろう。
社説:視点…衆院選 脱「劇場型」=論説委員 与良正男
http://www.mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20090828k0000m070117000c.html
「そうした多様な民意の積み重ねが民主党優位の状況を作っていると見るべきである。」
私にはやはりワンフレーズに集約されると思うのだけど・・・それと「空気」。風向きが郵政から政権交代に変わっただけで、その本質的真相はそれほど論じられていない。民主は政権は取っても大勝してはいけないのである。
09総選挙・人づくり―明日へ大胆な投資を
http://www.asahi.com/paper/editorial.html
「日本が生き残るためには、次代を支え、切り開く人材を社会全体で育てあげねばならない時代になった。そのためには教育システムの根本的な見直しが必要だ。 」
つまり、大学を職業訓練校にしよう、と言うことだろうか?
全く馬鹿げている。
きっとこの記事を書いている人は大学院とは行かなくても大学を出ていると思うのだけど、学生時代一体何をしていたのか。その(遊びまくった?)4年を自己否定して、言っているのだろうか。
ただ、このような考えにいくらか迎合するのは、SNSで集っている3年博士たちだ。彼らは社会に出る修行を余計に積んだと信じて疑わない。この辺を強請してやれば何か出てくるかもしれない。
私にとって学校で学んだことは良しにつけ悪しにつけ博士号に至る哲学の基礎であり、それは自分のための勲章であって、高く買ってくれることを期待するスケベ心などはない。社会でそれが役に立つことはないし、日本社会では博士の価値はきわめて低いことは知っているが、それを変えてくれとも思わない。学ぶことは自分のため、仕事としての研究は社会のためである。「私」の充実無しには、「公」への寄与はありえない。
自分のために勉強する、と言うことができない社会、というのは学ぶことに全く価値がない。映画「マトリクス」では人間を生体エネルギープラントとして扱っている機械の都市が登場するが、学ぶことがそのまま社会に生きると言うのは、丁度生体エネルギープラントになろうとするのと同じことだ。
銀行に新しい税を課すること、アフガンでのテロ、スコットランドで見つかった最も古い音楽について(チェンバロとアイリッシュハープの中間くらいの音ですごく心地よいのだけど・・・CD探すかな)、などBBC
社説1 09衆院選 政策を問う 教育の中身をめぐる論議が置き去りだ(8/28)
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/index20090827AS1K2700627082009.html
「公立小中学校は保護者や住民でつくる「学校理事会」が運営すると明記。さらに教育委員会制度を改め、教育行政を監視する「教育監査委員会」を設けるとした。」
そんなに現場を知らない人によるやり方を信じ、何より現場の先生を信じない、と言うことが許されるのなら、教育などいらないだろう。
社説:視点…衆院選 脱「劇場型」=論説委員 与良正男
http://www.mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20090828k0000m070117000c.html
「そうした多様な民意の積み重ねが民主党優位の状況を作っていると見るべきである。」
私にはやはりワンフレーズに集約されると思うのだけど・・・それと「空気」。風向きが郵政から政権交代に変わっただけで、その本質的真相はそれほど論じられていない。民主は政権は取っても大勝してはいけないのである。
09総選挙・人づくり―明日へ大胆な投資を
http://www.asahi.com/paper/editorial.html
「日本が生き残るためには、次代を支え、切り開く人材を社会全体で育てあげねばならない時代になった。そのためには教育システムの根本的な見直しが必要だ。 」
つまり、大学を職業訓練校にしよう、と言うことだろうか?
全く馬鹿げている。
きっとこの記事を書いている人は大学院とは行かなくても大学を出ていると思うのだけど、学生時代一体何をしていたのか。その(遊びまくった?)4年を自己否定して、言っているのだろうか。
ただ、このような考えにいくらか迎合するのは、SNSで集っている3年博士たちだ。彼らは社会に出る修行を余計に積んだと信じて疑わない。この辺を強請してやれば何か出てくるかもしれない。
私にとって学校で学んだことは良しにつけ悪しにつけ博士号に至る哲学の基礎であり、それは自分のための勲章であって、高く買ってくれることを期待するスケベ心などはない。社会でそれが役に立つことはないし、日本社会では博士の価値はきわめて低いことは知っているが、それを変えてくれとも思わない。学ぶことは自分のため、仕事としての研究は社会のためである。「私」の充実無しには、「公」への寄与はありえない。
自分のために勉強する、と言うことができない社会、というのは学ぶことに全く価値がない。映画「マトリクス」では人間を生体エネルギープラントとして扱っている機械の都市が登場するが、学ぶことがそのまま社会に生きると言うのは、丁度生体エネルギープラントになろうとするのと同じことだ。
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