敗戦から概ね10年ごとを区切りに、その時に台頭した、または顕著な存在であった自由とは何であったかというクロニクルとその背景構造を考察した本。何となく、表社会に良く出てきたサブカルチャー、と言う感じがしないでもないが、自由というものが顕在的に語られるというのは、その時代がやはり不自由であること、の反証であり、常に不遇の存在であることであり、どう物事を成熟されてきたのか、個の確立過程で不自由(義務責務の意味ではない)をどう抱合し接して行くのか、ということに尽きて行くのかもしれない。
 21世紀の自由、ということで、ボボズ(ブルジョア・ボヘミアンズ)が挙げられていたが、これはある意味で(私にはブルジョアというだけの収入はないが)、妙に親近感を覚えて、いや〜にもなった。あと、注意点がいくつか。
・日本人の創造層は個人ベース、アメリカ人の創造層は集団ベースで新しい着想を得るというが、個人・集団の定義と仕掛けが日本とアメリカでは違うのではないか
・創造層の多さと利益高の多さを並べているが、これは卵の鶏の議論ではないか
・創造活動に対する投資を増やすべきか?ということに対し、日本での投資にハイカルチャーに対する成熟度から私は批判的(図書館や美術館が充実するのは嬉しいことは嬉しいが・・・)。
 などなど。

 とはいえ、なかなか充実した記載で楽しく読めた。
#読み終わったのは2日ほど前ですが

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